母 の 顔 昭和五十九年
蟷螂の虚空摑みしまま枯るる
のっそりと長夜時計の打ち了んぬ
スプーンを捻る寒波の過ぎゆけり
寒木瓜の浅き夢みし酔ひもせず
青木の実血縁孤児を近づけぬ
植え込みにつく包装紙寒椿
百代の過客入れ替ふ去年今年
寒木瓜の六道なれば咲き誇る
母の声が弾む電話の除夜の鐘
宝船ねずみ舳先に構へたる
寒昴更けてパズルのぴたり合ふ
雪残る駅の時計は母の顔
後の無き異動の内示薄氷
篝火とならぬ一弁シクラメン
啓蟄や百畝湯気を溢れしむ
四・五本は鉄塔揺れて陽炎へる
赤茶けて鉄柱立てり潮まねき
無造作に積む解体車花馬酔木
武甲嶺へ向けて水切り鮎日記
頭を上げて公園の緑吸ひに行く
涼しき灯こぼす小窓にかぐや姫
紅蓮を家鴨水掻くとも見へず
殺生せぬは曽っての盆会魚釣れり
菩提樹に残りし蟬の小振りなる
丘に出てあきつの群にぶつかりぬ
楊貴妃の袖絡ませて雁来紅
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