鐘おぼろ 昭和六十年
耕せる人馬もろとも湯気充てり
霜柱蹴って単身赴任せり
自在鈎ゆれゐしあたり子の昼寝
雑念の縺れては去る夕河鹿
初富士や高階の椅子引き寄せて
数珠玉や亡母のささやき頭上より
金木犀ジョギング荒き息遣い
残り菊蜜を返しにくる小蜂
ふくらはぎ攣れることなく霜を置く
垣めぐる猫は背高漱石忌
銀翼が火の雨降らし朴落葉
緋鯉浮いて大往生や捻り独楽
地下迷路出て寒昴連れ立ちぬ
鬼やらい三和土の邪鬼をまず払ふ
塔霞む孤児の写真のセピア色
理髪師の髪濡れ羽色君子蘭
首塚や将門塚萼いちまいの紅椿
皓歯なる球児の笑顔桜鯛
鐘おぼろ布団の穴がぽっかりと
喫茶店の灯が潤み出し梅雨に入る
姫こがね社宅住まひをはるばると
親の向く方へ軽鴨の子向き直る
風とをしよき高階を九品とす
子燕の口移し享く順待てり
昼寝する妻に畳のべっ甲色
けら鳴いて鉢植え水を吸はなくなる
しゃしゃり出て鳴く蟋蟀のありにけり
萩咲いて奇跡残れる上野村
水澄めるまで沢蟹の身じろがず
一齣をむすび車窓の花南瓜
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